叱ったり、とにかく、その時の私の心境は、全然なっていなかったのである。ただ、そわそわして落ちつかず、絶えず身体をゆらゆら左右に動かして、酒ばかり呑んでいるのである。酒はおびただしく、からだに廻って全身かっかと熱く、もはや頭から湯気が立ち昇るほどになっていた。
自己紹介がはじまっている。皆、有名な人ばかりである。日本画家、洋画家、彫刻家、戯曲家、舞踏家、評論家、流行歌手、作曲家、漫画家、すべて一流の人物らしい貫禄《かんろく》を以《もっ》て、自己の名前を、こだわりなく涼しげに述べ、軽い冗談なども言い添える。私はやけくそで、突拍子ない時に大拍手をしてみたり、ろくに聞いてもいない癖に、然《しか》りとか何とか、矢鱈《やたら》に合槌打ってみたり、きっと皆は、あの隅のほうにいる酔っぱらいは薄汚いやつだ、と内心不快、嫌悪の情を覚え、顰蹙《ひんしゅく》なされていたに違いない。私は、それを知っていたが、どうにも意志のブレーキが、きかないのである。自己紹介が、めぐりめぐって、だんだん順番が、末席のほうに近くなって来た。今に私の番になったら、私はこんな状態で、一体なんと言って挨拶したらいいのか。こんなに取乱
前へ
次へ
全31ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング