善蔵を思う
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)嘘《うそ》
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――はっきり言ってごらん。ごまかさずに言ってごらん。冗談も、にやにや笑いも、止《よ》し給《たま》え。嘘《うそ》でないものを、一度でいいから、言ってごらん。
――君の言うとおりにすると、私は、もういちど牢屋へ、はいって来なければならない。もういちど入水をやり直さなければならない。もういちど狂人にならなければならない。君は、その時になっても、逃げないか。私は、嘘ばかりついている。けれども、一度だって君を欺《あざむ》いたことが無い。私の嘘は、いつでも君に易々と見破られたではないか。ほんものの兇悪の嘘つきは、かえって君の尊敬している人の中に在るのかも知れぬ。あの人は、いやだ。あんな人にはなりたくないと反撥のあまり、私はとうとう、本当の事をさえ、嘘みたいに語るようになってしまった。ささ濁り。けれども、君を欺かない。底まで澄んでいなくても、私はきょうも、嘘みたいな、まことの話を君に語ろう。
暁雲は、あれは夕焼から生れた子だと。夕陽なくして、暁雲は生れない。夕焼は、いつも思う。「わたくしは、
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