たというわけだ」
「まあ、こわい」と女房は笑って言って、「どうぞよろしく」とていねいにお辞儀をした。
私たち夫婦のこんな軽薄きわまる社交的な儀礼も、彼にとってまんざらでもなかったらしく、得意満面で、
「やあ、固苦しい挨拶はごめんだ。奥さん、まあ、こっちへずっと寄ってお酌をしてください」彼もまた、抜けめのない社交家であった。蔭では、かかと呼び、めんと向えば、奥さん、などと言っている。
女房のお酌で、ぐいと飲み、
「奥さん。いまも、修治(私の幼名)に言っていたのだが、何か不自由なものがあったら、俺の家へ来なさい。なんでもある。芋でも野菜でも米でも、卵でも、鶏でも。馬肉はどうです、たべますか、俺は馬の皮をはぐのは名人なんだ、たべるなら、取りに来なさい、馬の脚一本背負わせてかえします。雉《きじ》はどうです、山鳥のほうがおいしいかな? 俺は鉄砲撃ちなんだ。鉄砲撃ちの平田といえば、このへんでは、知らない者は無いんだ。お好みに応じて何でも撃ってあげますよ。鴨《かも》はどうです。鴨なら、あすの朝でも田圃《たんぼ》へ出て十羽くらいすぐ落して見せる。朝めし前に、五十八羽撃ち落した事さえあるんだ。嘘だと
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