親友交歓
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)痕跡《こんせき》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)昨年|罹災《りさい》して
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 昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或る男の訪問を受けた。
 この事件は、ほとんど全く、ロマンチックではないし、また、いっこうに、ジャアナリスチックでも無いのであるが、しかし、私の胸に於いて、私の死ぬるまで消し難い痕跡《こんせき》を残すのではあるまいか、と思われる、そのような妙に、やりきれない事件なのである。
 事件。
 しかし、やっぱり、事件といっては大袈裟《おおげさ》かも知れない。私は或る男と二人で酒を飲み、別段、喧嘩《けんか》も何も無く、そうして少くとも外見に於いては和気藹々裡《わきあいあいり》に別れたというだけの出来事なのである。それでも、私にはどうしても、ゆるがせに出来ぬ重大事のような気がしてならぬのである。
 とにかくそれは、見事な男であった。あっぱれな奴であった。好いところが一つもみじんも無かった。
 私は昨年|罹災《りさい》して、この津軽の生家に避難して来て、ほとんど毎日、神妙らしく奥
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