に彼に飲ませたいと思ってもいないのに。「もう俺は飲まんよ。かかを連れて来い! お前が連れて来なければ、俺が行って引っぱって来る。かかは、どこにいるんだ。寝室か? 寝る部屋か? 俺は天下の百姓だ。平田一族を知らないかあ」次第に酔って、くだらなく騒ぎ、よろよろと立ち上る。
私は笑いながら、それをなだめて坐らせ、
「よし、そんなら連れて来る。つまらねえ女だよ。いいか」
と言って女房と子供のいる部屋へ行き、
「おい、昔の小学校時代の親友が遊びに見えているから、ちょっと挨拶に出てくれ」
と、もっともらしい顔をして言いつけた。
私は、やはり、自分の客人を女房にあなどらせたくなかった。自分のところへ来た客人が、それはどんな種類の客人でも、家の者たちにあなどられている気配が少しでも見えると、私は、つらくてかなわないのだ。
女房は小さいほうの子供を抱いて書斎にはいって来た。
「このかたは、僕の小学校時代の親友で、平田さんというのだ。小学校時代には、しょっちゅう喧嘩して、このかたの右だか左だかの手の甲に僕のひっ掻《か》いた傷跡がまだ残っていてね、だからきょうはその復讐《ふくしゅう》においでなすっ
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