かし、こないだの選挙では、お前も兄貴のために運動したろう」
「いや、何も、ひとつも、しなかった。この部屋で毎日、自分の仕事をしていた」
「嘘だ。いかにお前が文学者で、政治家でないとしても、そこは人情だ。兄貴のために、大いにやったに違いない。俺はな、学問も何も無い百姓だが、しかし、人情というものは持っている。俺は、政治はきらいだ。野心も何も無い。社会党だの進歩党だのと言ったって、おそれるところは無いと思っているのだが、しかし、人情は持っている。俺はな、お前の兄貴とは、別に近づきでも何でもないが、しかし、少くともお前は、俺と同級生でもあり、親友だろう。ここが人情だ。俺は誰にたのまれなくても、お前の兄貴に一票いれた。われわれ百姓は、政治も何も知らなくていい。この、人情一つだけを忘れなければ、それでいいと思うが、どうだ」
その一票が、ウイスキイの権利という事になるのだろうか。あまりにも見え透いて、私はいよいよ興覚めるばかりであった。
しかし、彼だって、なかなか、単純な男ではない。敏感に、ふっと何か察するらしい。
「俺は、しかし何も、お前の兄貴の家来になりたがっている、というわけじゃないんだ
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