たいんですって。」
 やっと思い出した。きのう一日のことが、つぎつぎに思い出されて、それでも、なんだか、はじめから終りまで全部、夢のようで、どうしても、事実この世に起ったできごととは思われず、鼻翼の油を手のひらで拭いとりながら、玄関に出てみた。きのうの郵便屋さんが立っている。やっぱり、可愛い顔をして、にこにこ笑いながら、
「や、まだおやすみだったのですね。ゆうべは、酔ったんですってね。なんとも、ありませんか?」ひどく、馴れ馴れしい口調である。
 いや、なんともありません、と私は流石《さすが》にてれくさく、嗄《しわが》れた声で不気嫌に答えた。
「これ、幸吉さんの妹さんから。」百合《ゆり》の花束を差し出した。
「なんですか、それは。」私は、その三、四輪の白い花を、ぼんやり眺めて、そうして大きいあくびが出た。
「ゆうべ、あなたが、そう言ったそうじゃないですか。なんにも世話なんか、要らない。部屋に飾る花が一つあれば、それでたくさんだって。」
「そうかなあ。そんなこと言ったかなあ。」私は、とにかく花を受け取り、「いや、どうも、ありがとう。幸吉さんと、妹さんにも、そう言って下さい。ゆうべは、ほんと
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