新樹の言葉
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)掻乾《かいぼし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一升|瓶《びん》
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 甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほどと合点できた。大きい大きい沼を掻乾《かいぼし》して、その沼の底に、畑を作り家を建てると、それが盆地だ。もっとも甲府盆地くらいの大きい盆地を創るには、周囲五、六十里もあるひろい湖水を掻乾《かいぼし》しなければならぬ。
 沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思われるだろうが、事実は、派手に、小さく、活気のあるまちである。よく人は、甲府を、「擂鉢《すりばち》の底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒《さか》さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに文化の、しみとおっているまちである。
 
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