う私が知っていることにきめてしまったらしく、自信たっぷりで首肯する。
 私は、なお少し考えて、
「存じませんね。」
「そうですか。」こんどは郵便屋もまじめに首をかしげて、「あなたは、おくには、津軽のほうでしょう?」
 とにかく雨にこんなに濡れては、かなわないので、私は、そっと豆腐屋の軒下に難を避けて、
「こちらへいらっしゃい。雨が、ひどくなりました。」
「ええ。」と素直に、私と並んで豆腐屋の軒下に雨宿りして、「津軽でしょう?」
「そうです。」自分でも、はっと思ったほど、私は不気嫌な答えかたをしてしまった。片言半句でも、ふるさとのことに触《ふ》れられると、私は、したたか、しょげるのである。痛いのである。
「それじゃ、たしかだ。」郵便屋は、桃の花の頬に、靨《えくぼ》を浮べて笑った。「あなたは幸吉さんの兄さんです。」
 私は、なぜか、どきっとした。いやな気がした。
「へんなことを、おっしゃいますね。」
「いいえ、もう、それに違いないのです。」ひとりで、はしゃいで、「似ていますよ。幸吉さん、よろこぶだろうなあ。」
 つばめのように、ひらと身軽に雨の街路に躍り出て、
「それじゃ、あとでまた。」少
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