。
「僕も、はじめてなんですが、」幸吉さんも、少しひるんで、そう小声で告白して、それから、ちょっと考えて気を取り直し、「いいんだ。かまわない。ここでなくちゃいけないんだ。さ、はいりましょう。」
何か、わけがあるらしかった。
「大丈夫かなあ。」私は、幸吉にも、あまり金を使わせたくなかった。
「はじめっから計画していたんです。」幸吉は、きっぱりした語調で言って、それから自身の興奮に気づいて恥ずかしそうに、笑い出し、「今夜は、どこへでも、つき合うって、約束してくれたんじゃないですか。」
そう言われて、私も決心した。
「よし、はいろう。」たいへんな決意である。
その料亭にはいって、幸吉は、はじめてここへ来たひとのようでも無かった。
「表二階の八畳がいい。」
案内の女中に、そんなことを言っていた。
「やあ、階段もひろくしたんだね。」
なつかしそうに、きょろきょろ、あたりを見廻している。
「なんだ、はじめてでも、なさそうじゃないか。」私が小声でそう言うと、
「いいえ、はじめてなんです。」そう答えながら、「八畳は、暗くてだめかな? 十畳のほうは、あいていますか?」などと、女中にしきりに尋ね
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