に、三万円ちかく、もうけました。」
「永いこと、おつとめなのですか?」
「中学校を卒業して、すぐです。家がなくなったもので、皆に同情されて、父の知り合いの人たちのお世話もあって、あのデパアトの呉服部にはいることができたのです。皆さん親切です。妹も、一階につとめているのですよ。」
「偉いですね。」お世辞では、なかった。
「わがままで、だめです。」急に、大人ぶった思案ありげな口調で言ったので、私は、可笑《おか》しかった。
「いいえ、君だって、偉いさ。ちっとも、しょげないで。」
「やるだけのことを、やっているだけです。」少し肩を張って、そう言って、それから立ちどまった。「ここです。」
 見ると、やはり黒ずんだ間口《まぐち》十間ほどもある古風の料亭である。
「よすぎる。たかいんじゃないか?」私の財布には、五円紙幣一枚と、それから小銭が二、三円あるだけだった。
「いいのです。かまいません。」幸吉さんは、へんに意気込んでいた。
「たかいぞ、きっと、この家は。」私は、どうも気がすすまないのである。大きい朱色の額《がく》に、きざみ込まれた望富閣という名前からして、ひどくものものしく、たかそうに思われた
前へ 次へ
全31ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング