ている。
 表二階の十畳間にとおされた。いい座敷だ。欄間も、壁も、襖《ふすま》も、古く、どっしりして、安普請《やすぶしん》では無い。
「ここは、ちっとも、かわらんな。」幸吉は、私と卓を挾《はさ》んで坐ってから、天井を見上げたり、ふりかえって欄間を眺めたり、そわそわしながら、そんなことを呟いて、「おや、床の間が少し、ちがったかな?」
 それから私の顔を、まっすぐに見て、にこにこ笑い、
「ここは、ね、僕の家だったのです。いつか、いちどは来てみたいと思っていたのですが。」
 そう聞いて、私も急に興奮した。
「あ、そうか。どうりで家のつくりが、料理屋らしくないと思った。あ、そうか。」私も、あらためて部屋を見まわした。
「この部屋には、ね、店の品物が、たくさん積みこまれて、僕たちは、その反物《たんもの》で山をこさえたり、谷をこさえたりして、それに登って遊んだものです。ここは、こんなに日当りがいいでしょう? だもんだから、母は、ちょうどあなたのお坐りになっていらっしゃるその辺に坐って、よく仕立物をしていました。十年もむかしのことですが、この部屋へ来てみると、やっぱし昔のことが、いちいちはっきり思い
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