くらいのとき、いちど逢ったことがあるんじゃないかしら。つるが、お盆のとき、小さい、色の白い子を連れて来て、その子が、たいへん行儀がよく、おとなしいので、私は、ちょっとその子を嫉妬《しっと》したものだが、あれが君だったのかしら。」
「僕、かも知れません。よく覚えていないのです。大きくなってから、母にそう言われて、ぼんやり思い出せるような気がしました。なんでも、永い旅でした。お家のまえに、きれいな川が流れていました。」
「川じゃないよ。あれは溝《みぞ》だ。庭の池の水があふれて、あそこへ流れて来ているのだ。」
「そうですか。それから、大きな、さるすべりの木が、お家のまえに在りました。まっかな花が、たくさん咲いていました。」
「さるすべりじゃないだろう。ねむ、の木なら、一本あるよ。それも、そんなに大きくない。君は、そのころ小さかったから、溝でも、木でも、なんでも大きく大きく見えたのだろう。」
「そうかも知れませんね。」幸吉は、素直にうなずいて、笑っている。「そのほかのことは、ちっとも、なんにも、覚えていません。あなたのお顔ぐらいは、覚えて置いても、よかったのに。」
「三つか、四つのころでは、記
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