って落ちついている。私が、いつまでも言葉を見つけ得ずに、かなわない気持でいたら、
「出ませんか。おいそがしいですか。」と言って、私を救って呉れた。
私も、ほっとして、
「ああ、出ましょう。一緒に、晩御飯でも、たべますか。」さっそく立ち上って、「雨も、はれたようですね。」
ふたり、そろって宿を出た。
青年は、笑いながら、
「今夜はね、計画があるのですよ。」
「ああ、そうですか。」私には、もう、なんの不安もなかった。
「だまって、つき合って下さい。」
「承知しました。どこへでも行きます。」仕事を、全部犠牲にしても、悔いることは無いと思っていた。
歩きながら、
「でも、よく逢えたねえ。」
「ええ、お名前は、まえから母に朝夕、聞かされて、失礼ですが、ほんとうの兄のような気がして、いつかはお逢いできるだろう、と奇妙に楽観していたのです。へんですね、いつかは逢えると確信していたので、僕は、のんきでしたよ。僕さえ丈夫で生きていたら。」
ふと、私は、目蓋《まぶた》の熱いのを意識した。こんなに陰で私を待っていた人もあったのだ。生きていて、よかった、と思った。
「私が十歳くらいで、君が三つか四つ
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