妙な屁理窟《へりくつ》を並べて怒ったりして、折角の幸福を追い払ったり何かするものである。
「このまま使っては、果報負けがして、わしは死ぬかも知れない。」と、内助は、もっともらしい顔で言い、「お前は、わしを殺すつもりか?」と、血走った眼で女房を睨《にら》み、それから、にやりと笑って、「まさか、そのような夜叉《やしゃ》でもあるまい。飲もう。飲まなければ死ぬであろう。おお、雪が降って来た。久し振りで風流の友と語りたい。お前はこれから一走りして、近所の友人たちを呼んで来るがいい。山崎、熊井《くまい》、宇津木、大竹、磯《いそ》、月村、この六人を呼んで来い。いや、短慶|坊主《ぼうず》も加えて、七人。大急ぎで呼んで来い。帰りは酒屋に寄って、さかなは、まあ、有合せでよかろう。」なんの事は無い。うれしさで、わくわくして、酒を飲みたくなっただけの事なのであった。
 山崎、熊井、宇津木、大竹、磯、月村、短慶、いずれも、このあたりの長屋に住んでその日暮しの貧病に悩む浪人である。原田から雪見酒の使いを受けて、今宵《こよい》だけでも大みそかの火宅《かたく》からのがれる事が出来ると地獄で仏の思い、紙衣《かみこ》の皺
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