む》った後には共にわずらい寝たきりになって、猿の吉兵衛は夜も眠らずまめまめしく二人を看護し、また七日々々にお坊ちゃんの墓所へ参り、折々の草花を手折って供え、夫婦すこしく恢復《かいふく》せし百日に当る朝、吉兵衛しょんぼりお墓に参って水心静かに手向け、竹の鉾《ほこ》にてみずから喉笛《のどぶえ》を突き通して相果てた。夫婦、猿の姿の見当らぬを怪しみ、杖《つえ》にすがってまず菊之助の墓所へ行き、猿のあわれな姿をひとめ見て一切を察し、菊之助無き後は、せめてこの吉兵衛だけが世の慰めとたのんでいたのに、と恨《うら》み嘆き、ねんごろに葬《とむら》い、菊之助の墓の隣に猿塚を建て、その場に於《お》いて二人出家し、(と書いて作者は途方にくれた。お念仏かお題目か。原文には、かの庵に絶えず題目唱えて、法華|読誦《どくじゅ》の声やまず、とある。徳右衛門の頑固《がんこ》な法華の主張がこんなところに顔を出しては、この哀話も、ぶちこわしになりそうだ。困った事になったものである。)ふたたび、庵に住むも物憂く、秋草をわけていずこへとも無く二人旅立つ。
[#地から2字上げ](懐硯《ふところすずり》、巻四の四、人真似は猿の行水)
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