りに菊之助の息絶え、異様の叫びを聞いて夫婦は顔を見合せて家に駈け戻れば、吉兵衛うろうろ、子供は盥の中に沈んで、取り上げて見ればはや茹海老《ゆでえび》の如く、二目と見られぬむざんの死骸《しがい》、お蘭はこけまろびて、わが身に代えても今一度もとの可愛い面影《おもかげ》を見たしと狂ったように泣き叫ぶも道理、呆然《ぼうぜん》たる猿を捕えて、とかく汝《なんじ》は我が子の敵《かたき》、いま打殺すと女だてらに薪《まき》を振上げ、次郎右衛門も胸つぶれ涙とどまらぬながら、ここは男の度量、よしこれも因果の生れ合せと観念して、お蘭の手から薪を取上げ、吉兵衛を打ち殺したく思うも尤《もっと》もながら、もはや返らぬ事に殺生《せっしょう》するは、かえって菊之助が菩提《ぼだい》のため悪し、吉兵衛もあさましや我等《われら》への奉公と思いてしたるべけれども、さすが畜生の智慧《ちえ》浅きは詮方《せんかた》なし、と泣き泣き諭《さと》せば、猿の吉兵衛も部屋の隅《すみ》で涙を流して手を合せ、夫婦はその様を見るにつけいよいよつらく、いかなる前生の悪業《あくごう》ありてかかる憂目《うきめ》に遭うかと生きる望も消えて、菊之助を葬《ほう
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