憫《ふびん》に思い、せっかく慕って来たのだから仲間にいれておやり、と言い、お蘭は、おいで、と手招きすれば、うれしそうに駈け寄って来て、お蘭に抱かれて眼をぱちぱちさせて二人の顔を気の毒そうに眺める。いまはもう二人の忠義な下僕《げぼく》になりすまして、納屋へ食事を持ちはこぶやら、蠅《はえ》を追うやら、櫛《くし》でお蘭のおくれ毛を掻《か》き上げてやるやら、何かと要らないお手伝いをして、二人の淋《さび》しさを慰めてやろうと畜生ながら努めている。いかに世を忍ぶ身とは言え、いつまでも狭い納屋に隠れて暮しているわけにも行かず、次郎右衛門はさらに所持のお金の大半を出してその薄情の知合いの者にたのみ、すぐ近くの空地に見すぼらしい庵《いおり》を作ってもらい、夫婦と猿の下僕はそこに住み、わずかな土地を耕して、食膳《しょくぜん》に供するに足るくらいの野菜を作り、ひまひまに亭主《ていしゅ》は煙草《たばこ》を刻み、お蘭は木綿の枷《かせ》というものを繰って細々と渡世し、好きもきらいも若い一時の阿呆《あほ》らしい夢、親にそむいて家を飛び出し連添ってみても、何の事はない、いまはただありふれた貧乏|世帯《じょたい》の、と
前へ
次へ
全209ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング