《かま》の下の薪《まき》をひかせたら少しは家の仕末のたしになるでしょう。」
「なるほどね。では、あの蹴鞠《けまり》は?」
「足さばきがどうのこうのと言って稽古《けいこ》しているようですが、塀《へい》を飛び越えずに門をくぐって行ったって仔細《しさい》はないし、闇夜《やみよ》には提灯《ちょうちん》をもって静かに歩けば溝《みぞ》へ落ちる心配もない。何もあんなに苦労して足を軽くする必要はありません。」
「いかにも、そのとおりだ。でも人間には何か愛嬌《あいきょう》が無くちゃいけないんじゃないかねえ。茶番の狂言なんか稽古したらどうだろうねえ。家に寄り合いがあった時など、あれをやってみんなにお見せすると、――」
「冗談を言っちゃいけない。あれは子供の時こそ愛嬌もありますが、髭《ひげ》の生えた口から、まかり出《い》でたるは太郎冠者《たろうかじゃ》も見る人が冷汗をかきますよ。お母さんだけが膝をすすめて、うまい、なんてほめて近所のもの笑いの種になるくらいのものです。」
「それもそうだねえ。では、あの活花《いけばな》は?」
「ああ、もうよして下さい。あなたは耄碌《もうろく》しているんじゃないですか。あれは雲
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