》から着物を着ていたのですよ。」遠慮しすぎて自分でも何だかわからないような事を言ってしまった。
「そうですか。」荒磯は、へんな顔をして親爺を見ている。親爺は、いよいよ困って、
「はだかになって五体あぶない勝負も、夏は涼しい事でしょうが、冬は寒くていけませんでしょうねえ。」と伏目になって膝《ひざ》をこすりながら言った。さすがの荒磯も噴き出して、
「角力をやめろと言うのでしょう?」と軽く問い返した。親爺はぎょっとして汗を拭《ふ》き、
「いやいや、決してやめろとは言いませんが、同じ遊びでも、楊弓《ようきゅう》など、どうでしょうねえ。」
「あれは女子供の遊びです。大の男が、あんな小さい弓を、ふしくれ立った手でひねくりまわし、百発百中の腕前になってみたところで、どろぼうに襲われて射ようとしても、どろぼうが笑い出しますし、さかなを引く猫にあてても描はかゆいとも思やしません。」
「そうだろうねえ。」と賛成し、「それでは、あの十種香《じしゅこう》とか言って、さまざまの香を嗅《か》ぎわける遊びは?」
「あれもつまらん。香を嗅ぎわけるほどの鼻があったら、めしのこげるのを逸早《いちはや》く嗅ぎ出し、下女に釜
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