、わしもいよいよ一人前の角力取りになったか、ありがたいわい、きょうからわしは荒磯だ、すごい名前じゃないか、ああまことに師の恩は山よりも高い、と涙を流してよろこび、それからは、どこの土俵に於《お》いても無敵の強さを発揮し、十九の時に讃岐の大関天竺仁太夫を、土俵の砂に埋めて半死半生にし、それほどまで手ひどく投げつけなくてもいいじゃないかと角力仲間の評判を悪くしたが、なあに、角力は勝ちゃいいんだ、と傲然《ごうぜん》とうそぶき、いよいよ皆に憎まれた。丸亀屋の親爺《おやじ》は、かねてよりわが子の才兵衛の力自慢をにがにがしく思い、何とか言おうとしても、才兵衛にぎょろりと睨まれると、わが子ながらも気味悪く、あの馬鹿力で手向いされたら親の威光も何もあったものでない、この老いの細い骨は木《こ》っ葉《ぱ》微塵《みじん》、と震え上って分別し直し、しばらく静観と自重していたのだが、このごろは角力に凝って他人様《ひとさま》を怪我《けが》させて片輪にして、にくしみの的になっている有様を見るに見かねて、或る日、おっかなびっくり、
「才兵衛さんや、」わが子にさんを附けて猫撫声《ねこなでごえ》で呼び、「人は神代《かみよ
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