なんに、それがしには勝太郎ひとり。国元の母のなげきもいかばかり、われも寄る年波、勝太郎を死なせていまは何か願いの楽しみ無し、出家、と観念して、表面は何気なく若殿に仕えて、首尾よく蝦夷見物の大役を果し、その後、城主にお暇《いとま》を乞《こ》い、老妻と共に出家して播州《ばんしゅう》の清水の山深くかくれたのを、丹後その経緯を聞き伝えて志に感じ、これもにわかにお暇を乞い請《う》け、妻子とも四人いまさらこの世に生きて居られず、みな出家して勝太郎の菩提《ぼだい》をとむらったとは、いつの世も武家の義理ほど、あわれにして美しきは無しと。
[#地から2字上げ](武家義理物語、巻一の五、死なば同じ浪枕《なみまくら》とや)
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女賊
後柏原《ごかしわばら》天皇|大永《たいえい》年間、陸奥《みちのく》一円にかくれなき瀬越の何がしという大賊、仙台|名取川《なとりがわ》の上流、笹谷峠《ささやとうげ》の附近に住み、往来の旅人をあやめて金銀荷物|押領《おうりょう》し、その上、山賊にはめずらしく吝嗇《りんしょく》の男で、むだ使いは一切つつしみ、三十歳を少し出たばかりの若さながら、しこたまためて底
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