の顔を仰ぎ見ている。家中随一の美童である。
「流れに飛び込んで死んでおくれ。丹三郎はわしの苦労の甲斐《かい》も無く、横浪をかぶって鞍がくつがえり流れに呑《の》まれて死にました。そもそもあの丹三郎儀は、かの親の丹後どのより預り来《きた》れる義理のある子です。丹三郎ひとりが溺《おぼ》れ死んで、お前が助かったとあれば、丹後どのの手前、この式部の武士の一分《いちぶん》が立ちがたい。ここを聞きわけておくれ。時刻をうつさずいますぐ川に飛び込み死んでおくれ。」と面《おもて》を剛《こわ》くして言い切れば、勝太郎さすがは武士の子、あ、と答えて少しもためらうところなく、立つ川浪に身を躍らせて相果てた。
 式部うつむき涙を流し、まことに武家の義理ほどかなしき物はなし、ふるさとを出《い》でし時、人も多きに我を択《えら》びて頼むとの一言、そのままに捨てがたく、万事に劣れる子ながらも大事に目をかけここまで来て不慮の災難、丹後どのに顔向けなりがたく、何の罪とがも無き勝太郎をむざむざ目前に於《お》いて死なせたる苦しさ、さりとては、うらめしの世、丹後どのには他の男の子ふたりあれば、歎《なげ》きのうちにもまぎれる事もあり
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