立て、瀬踏みをさせますから、あなたは何でもただ馬の首にしがみついて勝太郎の後について行くといい。すぐあとに、わしがついて守って行きますから、心配せず、大浪をかぶってもあわてず、馬の首から手を離したりせぬように。」とおだやかに言われて流石の馬鹿も人間らしい心にかえったか、
「すみません。」と言って、わっと手放しで泣き出した。
諸事頼むとの一言、ここの事なりと我が子の勝太郎を先に立て、次に丹三郎を特に吟味して選び置きし馬に乗せて渡らせ、わが身はすぐ後にひたと寄添ってすすみ渦巻《うずま》く激流を乗り切って、難儀の末にようやく岸ちかくなり少しく安堵《あんど》せし折も折、丹三郎いささかの横浪をかぶって馬の鞍《くら》覆《くつが》えり、あなやの小さい声を残してはるか流れて浮き沈み、騒ぐ間もなくはや行方しれずになってしまった。
式部、呆然《ぼうぜん》たるうちに岸に着き、見れば若殿は安泰、また我が子の勝太郎も仔細《しさい》なく岸に上って若殿のお傍に侍《はべ》っている。
世に武家の義理ほどかなしきは無し。式部、覚悟を極《き》めて勝太郎を手招き、
「そちに頼みがある。」
「はい。」と答えて澄んだ眼で父
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