日目に、川筋三百間、鍬打ち込まぬ方寸の土も無くものの見事に掘り返し、やっと銭九文を拾い集めて青砥と再び対面した。
「下郎、思い知ったか。」
 と言われて浅田は、おそるるところなく、こうべを挙げて、
「せんだって、あなたに差し上げた銭十一文は、私の腹掛けから取り出したものでございますから、あれは私に返して下さい。」と言ったとやら、ひかれ者の小唄《こうた》とはこれであろうかと、のちのち人の笑い話の種になった。
[#地から2字上げ](武家義理物語、巻一の一、我が物ゆゑに裸川)
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   義理

 義理のために死を致す事、これ弓馬の家のならい、むかし摂州伊丹《せっしゅういたみ》に神崎式部という筋目正しき武士がいた。伊丹の城主、荒木村重《あらきむらしげ》につかえて横目役を勤め、年久しく主家を泰山の安きに置いた。主家の御次男、村丸という若殿、御総領の重丸のよろず大人びて気立やさしきに似ず、まことに手にあまる腕白者にて、神崎はじめ重臣一同の苦労の種であったが、城主荒木は、優雅な御総領よりも、かえってこの乱暴者の御次男を贔屓《ひいき》してその我儘《わがまま》を笑ってお許しになるので、いよ
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