に住む里人から熊《くま》の皮だとだまされて、馬鹿高い値段で買わされたのですが、尻尾《しっぽ》がへんに長くてその辺に白い毛もまじっていますので、これは、白と黒のぶちの犬の皮ではないか、と後で里人に申しますと、その白いところは熊の月の輪という部分で、熊に依《よ》っては月の輪がお尻《しり》のほうについている、との返事で、あまりの事に私も何とも言葉が出ませんでした。本当に、この山の下の里人は、たちが悪くて、何かと私をだましてばかり居ります。諸行無常を観じて世を捨てた人には、金銭など不要のものと思いのほか、里人が持って来る米、味噌《みそ》の値段の高い事、高いと言えば、むっと怒ったような顔をして、すぐに品物を持帰るような素振りを見せて、お出家様が御不自由していらっしゃるかと思って一日ひまをつぶしてこんな山の中に重いものを持ち運んで来るだ、いやなら仕方が無い、とひとりごとのように言い、私も、この品が無ければ餓死するより他《ほか》は無いし、山を降りて他の里人にたのんでも同じくらいの値段を言い出すのはわかり切っていますし、泣き泣きその高い米、味噌を引きとらなければならないのです。山には木の実、草の実が一ぱいあって、それを気ままにとって食べてのんきに暮すのが山居の楽しみと心得ていましたが、聞いて極楽、見て地獄とはこの事、この辺の山野にはいずれも歴とした持主がありまして、ことしの秋に私がうっかり松茸《まつたけ》を二、三本取って、山の番人からもう少しで殴り殺されるようなひどい目に遭いました。この方丈の庵《いおり》も、すぐ近くの栗林《くりばやし》の番小屋であったのを、私が少からぬ家賃で借りて、庵の裏の五坪ばかりの畑だけが、まあ、わずかに私の自由になるくらいのもので、野菜も買うとなるとなかなか高いので、大根|人蔘《にんじん》の種を安くゆずってもらってこの裏の五坪の畑に播《ま》き、まことに興覚めな話で恐縮ですが、出家も尻端折《しりばしょ》りで肥柄杓《こえびしゃく》を振りまわさなければならぬ事もあり、その収穫は冬に備えて、縁の下に大きい穴を掘って埋めて置かなければならず、目前に一目千本の樹海を見ながら、薪《まき》はやっぱり里人から買わないと、いやな顔をされるし、ここへ来てにわかに浮世の辛酸を嘗《な》め、何のための遁世やら、さっぱりわけがわからなくなりました。遁世してこのようにお金がかかるものとは思
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