さい禿《はげ》があるのを、その時はじめて発見|仕《つかまつ》り、うんざりして、実は既にその時から少し後悔していたのです。白状のしついでに私の出家遁世の動機をも、いまは包まず申し上げますが、私はあなた様たちのお仲間にいれてもらって一緒にお茶屋などに遊びにまいりましても、ついに一度も、もてた事はなく、そのくせ遊びは好きで、あなた様たちの楽しそうな様子を見るにつけても、よし今夜こそはと店の金をごまかし血の出るような無理算段して、私のほうからあなた様たちをお誘い申し、そうしてやっぱり、私だけもてず、お勘定はいつも私が払い、その面白《おもしろ》くない事、或《あ》る夜やぶれかぶれになって、女に向い、「男は女にふられるくらいでなくちゃ駄目《だめ》なものだ」と言ったら、その女は素直に首肯《うなず》き、「本当に、そのお心掛けが大事ですわね」と真面目《まじめ》に感心したような口調で申しますので、立つ瀬が無く、「無礼者!」と大喝《だいかつ》して女を力まかせに殴り、諸行無常を観じ、出家にならねばならぬと覚悟を極《き》めた次第で、今日つらつら考えると私のような野暮で物欲しげで理窟《りくつ》っぽい男は、若い茶屋女に好かれる筈《はず》はなく、親爺《おやじ》のすすめる田舎女でも、おとなしくもらって置けばよかったとひとりで苦笑致して居ります。まことに山中のひとり暮しは、不自由とも何とも話にならぬもので、ごはんの煮たきは気持ちもまぎれて、まだ我慢も出来ますが、下着の破れを大あぐら掻《か》いて繕い、また井戸端《いどばた》にしゃがんでふんどしの洗濯《せんたく》などは、御不浄の仕末以上にもの悲しく、殊勝らしくお経をあげてみても、このお経というものも、聞いている人がいないとさっぱり張合いの無いもので、すぐ馬鹿らしくなって、ひとりで噴き出したりして、やめてしまいます。立ち上って吉野山の冬景色を見渡しても、都の人たちが、花と見るまで雪ぞ降りけるだの、春に知られぬ花ぞ咲きけるだの、いい気持ちで歌っているのとは事違い、雪はやっぱり雪、ただ寒いばかりで、あの嘘《うそ》つきの歌人めが、とむらむら腹が立って来ます。このように寒くては、墨染の衣一枚ではとてもしのぎ難《がた》く、墨染の衣の上にどてらをひっかけ、犬の毛皮を首に巻き、坊主頭もひやひやしますので寝ても起きても頬被《ほおかぶ》りして居ります。この犬の毛皮は、この山の下
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