って岸に向って歩きかけたら、青砥は声をはげまし、
「動くな、動くな。その場を捜せ。たしかにそこだ。私はその場に落したのだ。いま思い出した。たしかにそこだ。さらに八文ある筈だ。落したものは、落した場所にあるにきまっている。それ! 皆の者、銭は三文見つかったぞ。さらに精出して、そこな下郎《げろう》の周囲を捜せ。」とたいへんな騒ぎ方である。
 人足たちはぞろぞろと浅田の身のまわりに集り、
「兄貴はやっぱり勘がいいな。何か、秘伝でもあるのかね。教えてくれよ。おれはもう凍えて死にそうだ。どうしたら、そんなにうまく捜し出せるのか。」と口々に尋ねた。
 浅田はもっともらしい顔をして、
「なあに、秘伝というほどの事でもないが、問題は足の指だよ。」
「足の指?」
「そうさ。おまえたちは、手でさぐるからいけない。おれのように、ほうら、こんな工合に足の指先でさぐると見つかる。」と言いながら妙な腰つきで川底の砂利を踏みにじり、皆がその足元を見つめているすきを狙《ねら》ってまたも自分の腹掛けから二文ばかり取り出して、
「おや?」と呟き、その銭を握った片手を水中に入れて、
「あった!」と叫んだ。
「なに、あったか。」と打てば響く青砥の蛮声。「銭は、あったか。」
「へえ、ございました。二文ばかり。」と浅田は片手を高く挙げて答えた。
「動くな。動くな。その場を捜せ。それ! 皆の者、そこな下郎は殊勝であるぞ。負けず劣らず、はげめ、つっこめ。」と体を震わせて更にはげしく下知するのである。
 人足たちは皆一様に、妙な腰つきをして、川底の砂利を踏みにじった。しゃがまなくてもいいのだから、ひどくからだが楽である。皆は大喜びで松明片手に舞いをはじめた。岸の青砥は、げせぬ顔をして、ふざけてはいかぬと叱《しか》ったが、そのような恰好をすれば銭が見つかるという返事だったので、浮かぬ気持で、その舞いを眺《なが》めているより他《ほか》は無かった。やがて浅田は、さらに三文、一文と皆の眼をごまかして、腹掛けから取り出しては、
「あった!」
「やあ、あった!」
 と真顔で叫んで、とうとう十一文、自分ひとりで拾い集めた振りをした。
 岸の青砥は喜ぶ事かぎりなく、浅田から受け取った十一文を三度も勘定し直して、うむ、たしかに十一文、と深く首肯き、火打袋にちゃりんとおさめて、にやりと笑い、
「さて、浅田とやら、このたびの働きは、見事
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