深い謎として私の胸中に滓沈《しちん》されている。それから私たちは、仙台の浅草とも称すべき東一番丁に行って、彼の所謂「行きあたりばったり」の小料理屋にはいり、これまた彼の言葉にしたがえば「無難」の鳥鍋をつつく事になったのであるが、彼は私と卓をはさんで坐り込むと、まず一葉の名刺を差し出した。仙台医学専門学校、クラス会幹事、津田憲治とある。この肩書では、彼は医専の先生にしてクラス会の幹事を兼ねているのか、それとも生徒なのか、或いはまた何年生のクラス会の幹事なのか、いっさいがあいまいである。そこがまた、彼の狙《ねら》いなのかも知れない。当時の専門学校級の生徒は、いまと違って、社会から一個の紳士としての待遇を受けていたので、その所属の学校の名刺を所持している学生も多かったが、しかし、こんな出鱈目《でたらめ》な肩書の印刷されてある名刺は、実にめずらしいものであった。
「はあ、そうですか。」私は噴《ふ》き出したいのをこらえて、「僕は名刺を持っていませんけど、田中、――」と名乗りかけると、
「いや知っている。田中卓。H中学出身。君はクラスの注意人物なんだ。学校にさっぱり出て来ないじゃないか。」
 私は
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