、むっとした。学校に出ないからとて、「注意人物」とは大袈裟《おおげさ》すぎる。失敬である。私は黙っていた。
「それは冗談だが、」と相手は笑って、「君の事は、きのう、周さんからくわしく聞いた。君たちは、松島の旅館で一晩、何だか眠らずに論じ合ったそうじゃないか。周さんは、おかげで風邪《かぜ》をひいて寝込んでしまった。あのひとには、ちょっと Lunge の傾向があるんだから、そんな徹夜なんて乱暴な事をさせちゃいけない。」
 その時、私はふいと思い出した。あの夜、周さんが、或る物好きな学生の過度の親切には閉口している、と言っていたが、その学生の名は、たしか津田といったような気がする。なあんだ、それではあの、とろろ汁の指導者が、この目前の食通氏であったのか。
「熱があるのですか。」
「うん。たいした事もないらしいが、あまり丈夫な体質でもないようだからね。まあ、二、三日は学校を休ませるつもりだ。どうも、外国人は、世話が焼けるよ。ところで、鳥は、水たきがいいかね。酒も飲むだろう。」
「はあ、どうでも。」
「肉がかたいと困るな。いっそ、たたきにしてもらおうか。あれなら、無難だ。」
 私は思わず、くすと
前へ 次へ
全198ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング