》も油くさくて食えないし、ブラザー軒のカツレツは固くて靴の裏と来ているし、どうも仙台には、うまいものがなくて困るね。まあ、行きあたりばったりの小料理屋で鳥鍋《とりなべ》でもつついていたほうが無難かも知れない。それとも、どこか他にいいところを知っているかね。」
「いや、はあ、べつに。」私は相手の威勢に圧倒されて、しどろもどろであった。この江戸っ子みたいな妙な学生は、いったい私にどんな話があるのだろうと頗《すこぶ》る不安ではあったが、相手は私の気持などにはてんで無関心の様子で、勝手な事をおしゃべりしながら、まるで私の上官の如く颯爽《さっそう》と先に立って歩くので田舎者の私には、何とも挨拶の仕様がなく、ただ幽《かす》かに苦笑しながら、その後について行くより他に仕方が無かったのである。
「それじゃ、まあ、とにかく一番丁へ行ってみて、どこかあらたに開拓するとしよう。おいしい蒲焼《かばやき》でもたべさせる家があるといいんだが、どうも、仙台の鰻《うなぎ》には筋《すじ》がある。」さかんに、へんな食通振りを発揮する。鰻の筋とはどんなものだか、それから四十年を経過した今日に到っても未《いま》だに解し得ない
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