もややこしくて、やり切れない感じがした。解剖学というものが、もともとそんな、ややこしい学問であるという事は後で知ったが、それにしても、藤野先生の繰り返し繰り返しの熱心な説明には、まいらざるを得なかった。風貌《ふうぼう》も、その時はちゃんとネクタイをしておられたし、飄々《ひょうひょう》などという仙人じみた印象は微塵《みじん》も無く、お顔は黒く骨張って謹直な感じで、鉄縁の眼鏡の奥のお眼は油断なく四方を睥睨《へいげい》し、なつかしいどころか、私にはどの先生よりも手剛《てごわ》いお方のように見受けられた。それでも、やはり周さんが話したように、教室のうしろの方の古狸連中は、何でも無い事にどっと笑い崩れたりして騒いでいたが、それは私の観察したところでは、かの落第生たちは、藤野先生のこんな几帳面《きちょうめん》すぎると言っていいくらいの真剣な講義に圧迫を感じ、かえって虚勢を示し、われら古参の兵には、こんな講義など可笑《おか》しくてかなわぬ、新入生たちよ、そんなに緊張しなさんな、という示威運動を試みているだけのものの如く思われ、ひょっとしたら、あの連中は全部、藤野先生の解剖学で落第点をもらって、その腹
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