しかった小旅行を共に感謝し合って別れ、その次の朝は、新しい友人にまた逢えるという張合いがあって、下宿のひとたちも驚いていたくらいに早く起きト学校に出たのだが、周さんの姿は校庭にも、教室にも見受けられなかった。私はその日一日はなはだ索莫《さくばく》たる気持で、いろんな先生の講義を聞いた。私は周さんほど痛切な目的を以て、この医学に志したわけでも無かったから、そのさまざまな講義も別段ありがたく思えなかったし、また、たいして新鮮にも感ぜられなかった。藤野先生の講義にも、その日はじめて出席してみたが、周さんがあんなに情熱をこめて褒《ほ》めていたほど、それほど、たのしい授業ではなかった。ちょうどそのころ、藤野先生の講義は、骨学総論を終り、骨学各論にはいったばかりのところであったが、等身大の躯幹骨《くかんこつ》の標本を傍に置いて、まるでそれがご自分の肉親のお骨でもあるかのように実になつかしげに撫《な》でまわしながら、聴講生ひとり残らず全部の者に深くあやまたず納得させずんばやまじというような、懇切丁寧を極めた講義であって、良心的というのか、糞《くそ》まじめというのか、私のように気の短いものには、どうに
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