初の、また唯《ただ》一人の清国留学生だというので、非常に珍重がられ、それこそあなたの言うように、何の見どころのない烏《からす》でも、ただ一羽枯枝にとまっているとその姿もまんざらでなく、漆黒《しっこく》の翼《つばさ》も輝いて見えるらしく、学校の先生たちもまるで大事なお客様か何かのように自分を親切にあつかってくれるので、自分はかえってまごついているくらいである。自分にとって、こんなに皆から温情を示されるのは、生れてはじめてのことである。きっと枯枝の烏を、買いかぶっているのに違いない。有難く思うと同時に、また、あの人たちの好意を裏切ったら相すまぬという不安も自分は持っている。同級生たちも、おそらくは物珍らしさからであろう、朝、教室で顔を見合わせると、たいてい、向うから微笑《ほほえ》みかけてくれるし、また、隣りの席に坐った生徒は、進んで自分にナイフや消ゴムを貸してくれて、中でも津田憲治とかいう東京の府立一中から来たのを少し自慢にしている背の高い生徒は最も熱烈な関心を持っているようで、何かと自分にこまかい指図《さしず》をしてくれて、カラアがよごれていますよ、クリイニングに出しなさい、とか、雨降り
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