の時の長靴を一足買いなさい、とか、服装の事まで世話を焼き、とうとう自分の下宿まで出張して来て、これはいかん、すぐここから引越して僕の下宿へおいでなさい、と言う。自分の下宿は、米《こめ》ヶ袋《ぶくろ》鍛冶屋前丁《かじやまえちょう》の宮城監獄署の前にあって、学校にも近いし食事も上等だし自分には大いに気にいっていたのだが、その津田さんの言によれば、この下宿屋は、監獄の囚人の食事の差入屋を兼ねているからいかん、という事であって、いやしくも清国留学生の秀才が、囚人と同じ鍋のめしを食っているというのは、君一個人の面目問題ばかりでなく、ひいては貴国の体面にも傷をつける事になるから早く引越さなければいけない、と幾度も幾度も忠告してくれて、自分は笑いながら、そんなことは自分はちっとも気にしていない、と言っても、いやいや君は遠慮して嘘《うそ》をついているのだろう、支那の人は何よりも体面ということを重んずるということだ、囚人と同じめしを食っても気にならんというのは嘘でしょう、早くこの不吉な宿を引上げて僕の下宿へ来たまえ、と執拗《しつよう》にすすめる。ひどくまじめな顔をして、そんなことを言うのだが、あれで内心
前へ
次へ
全198ページ中71ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング