それゆえ女性に対した時にも女性の言葉で言うのが正しいのでしょう、と答えた。私は、でも、それはキザで、聞いて居られません、と言ったら、周さんは、その「キザ」という言葉に、ひどく感心して、日本の美学は実にきびしい、キザという戒律は、世界のどこにもないであろう、いまの清国の文明は、たいへんキザです、と言った。その夜、私たちは宿で少し酒を飲み、深更《しんこう》まで談笑し、月下の松島を眺める事を忘れてしまったほどであったのである。周さんもあとで私に、日本へ来てあんなにおしゃべりした夜は無いと言っていた。周さんはその夜、自分の生立《おいた》ちやら、希望やら、清国の現状やらを、呆《あき》れるくらいの熱情を以《もっ》て語った。東洋当面の問題は、科学だと何度も繰りかえして言っていた。日本の飛躍も、一群の蘭医に依《よ》って口火を切られたのだと言っていた。一日も早く西洋の科学を消化して列国に拮抗《きっこう》しなければ、支那もまた、いたずらに老大国の自讃に酔いながら、みるみるお隣りの印度《インド》の運命を追うばかりであろう。東洋は古来、精神界においては、西洋と較べものにならぬほど深く見事に完成せられていて、西
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