洋の最もすぐれた哲学者たちが時たま、それをわずかに覬覦《きゆ》しては仰天しているという事も聞いているが、西洋はそんな精神界の貧困を、科学によって補強しようとした。科学の応用は、人間の現実生活の享楽に直接役立つので、この世の生命に対する執着力の旺盛《おうせい》な紅毛人たちの間に於いて異常の進歩をとげ、東洋フ精神界にまで浸透して来た。日本はいち早く科学の暴力を察して、進んで之《これ》を学び取り、以て自国を防衛し、国風を混乱せしめる事なく、之の消化に成功し、東洋における最も聡明な独立国家としての面目を発揮する事が出来た。科学は必ずしも人間最高の徳ではないが、しかし片手に幽玄の思想の玉を載せ、片手に溌剌《はつらつ》たる科学の剣を握っていたならば、列国も之には一指もふれる事が出来ず、世界に冠絶した理想国家となるに違いない。清国政府は、この科学の猛威に対して何のなすところも無く、列国の侵略を受けながらも、大川は細流に汚されずとでもいうような自信を装って敗北を糊塗《こと》し、ひたすら老大国の表面の体裁のみを弥縫《びほう》するに急がしく、西洋文明の本質たる科学を正視し究明する勇気無く、学生には相も変ら
前へ
次へ
全198ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング