別会を私の下宿でひらいて、出席者の酒飲み大工とその十歳の娘、津田、矢島の両幹事、私、それから主賓の周さん、みんな立って、今思えば噴き出したくなるくらいの、声楽の大天才揃いの珍妙きわまる合唱を行い、
  仰げば尊し わが師の恩
  教えの庭にも はやいくとせ
  思えば いととし この年月
  今こそわかれめ いざさらば
  互いにむつみし 日頃の恩
  わかるるのちにも やよ忘るな
 など歌っているうちに、まっさきにくるりとうしろを向いて泣いてしまったのは、この津田氏であった。口では何のかのと威勢のいい事を言っていながら、やっぱり、周さんと別れるのが、誰よりも淋《さび》しかったのだろう。私は津田氏と附合って、こんな佳《い》い半面を見るにつれて、以前ほど都会人というものを、おそろしくも、また、いやでもなくなった。また、あの田舎《いなか》ダンディと誤解せられていた矢島君も、その後、附合ってみると、ただ、ひどくまじめな人で、いつか周さんが仙台の人に就いて批評していたように、「東北の雄藩の責任を感じて、かたくなっている」だけなのである。「仙台の面目」とでもいうようなものに、こだわりすぎて、それ
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