にその紙をもらって帰った。なぜかしら、記念、という気がしたのである。周さんとまもなく別れてしまわなければならぬのだということを、その時、はっきり予感していたわけではなかったが、虫の知らせというものであろうか、なぜかその一枚の紙片に奇妙な執着を感じたのである。私はその後永く、その紙片を私のノオトにはさんで、教室で講義に退屈した時など、こっそり取り出してその名文を愛誦《あいしょう》し、遠く離れた周さんをなつかしんだものだが、卒業|真際《まぎわ》に、ある学友から取り上げられてしまって、いま思うと実に惜しいのである。それは、まあ、後の話であるが、その時の文章は、当時、私の反復愛誦したものであるから、今でもだいたいを記憶している。何でも、文章の本質、とかいう題で、
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文章の本質は、個人および邦国の存立とは係属するところなく、実利はあらず、究理《きゅうり》また存せず。故《ゆえ》にその効たるや、智を増すことは史乗《しじょう》に如《し》かず、人を誡《いまし》むるは格言に如かず、富を致すは工商に如かず、功名を得るは卒業の券に如かざるなり。ただ世に文章ありて人すなわち以《もっ》て具
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