足するに幾《ちか》し。厳冬永く留《とどま》り、春気至らず、躯殻《くかく》生くるも精魂は死するが如きは、生くると雖《いえど》も人の生くべき道は失われたるなり。文章無用の用は其《そ》れ斯《ここ》に在らん乎《か》。
[#ここで字下げ終わり]
記憶力の悪い私の事であるから、或《ある》いは二、三覚え違いがあるかも知れないが、語調の弱いような箇所をそれだと思い、実物はこの十倍も見事な名文だったのだろうという工合に御想像願うことにしよう。
この短文の論旨は、あの人がかねて言っているような「同胞の政治運動にお手伝いするため」の文芸、とは多少ちがった方向を指差しているようにも思われるが、しかし、「無用の用」という言葉になかなかの含蓄《がんちく》が感ぜられる。結局は、用なのである。ただ、実際の政治運動の如く民衆に対して強力な指導性を持たず、徐々に人の心に浸潤し、之を充足せしむる用を為《な》すものだ、というような意味ではなかろうかと思われる。文芸に対するこのような解釈は、私には少しも退嬰《たいえい》的なものとは考えられない。かえって非常に、健全なもののように思われる。このような行き方ならば、私たち文芸の
前へ
次へ
全198ページ中179ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング