ってこの私たちの会話を聞いている筈《はず》の周さんに逢いに行ったら、周さんはいなくて、暗闇にただ雪がしきりに降っていた。
所詮《しょせん》は、四十年むかしの話である。私の記憶にも間違い無しとは言えない。しかし、一国の維新は、西洋の実利科学などに依らず、民衆の初歩教育に力をつくして、その精神をまず改造するに非《あら》ざれば成就し難いのではあるまいか、という疑問を周さんの口から最初に聞いたのは、たしかにあの大雪の夜であったと覚えている。この周さんの疑問は、やがて周さんをして文章に関心を持たしめ、後に到って、文豪|魯迅《ろじん》の誕生の因由になったとも考えられない事はないであろうが、しかし、このごろ皆の言っているように所謂《いわゆる》「幻燈事件」に依って、その疑問が、突然、周さんの胸中に湧き起ったという説は、少し違っているのではなかろうかと私には思われる。ひとの話に依れば後年、魯迅自身も仙台時代の追憶を書き、それにもやはり、その所謂「幻燈事件」に依って医学から文芸に転身するようになったと確言しているそうであるが、それはあの人が、何かの都合で、自分の過去を四捨五入し簡明に整理しようとして書い
前へ
次へ
全198ページ中170ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング