いへん支那の現状を知っているような気持でいたのですが、それはみな少年のあまい独《ひと》り合点《がてん》でした。僕は何も知らなかったのです。そうして、いまはいよいよ判らなくなるばかりです。支那の現状どころか、僕自身がいったい、どんな男なのか、それさえわからなくなりました。東京にいる同胞の留学生から、日本カブレと言われました。漢民族の裏切者とさえ言われました。僕が東京で日本の婦人と一緒に散歩しているのを見たという馬鹿らしい事を言いふらしている者もありました。なぜそんなに僕が、皆の気にいらぬのでしょう。支那の悪口を言い、日本の忠義の哲学をほめたからでしょうか。または、あの人たちと一緒に、革命運動に直接に身を投じていないからでしょうか。あの人たちの革命に対する情熱には、僕だって大いに共感しているのです。いまは黄興《こうこう》の一派と孫文の一派の握手もいよいよ実現せられて、中国革命同盟会が成立し、留学生の大半はこの同盟会の党員で、あの人たちの話を聞くと、支那の革命がいまにも達成せられそうな様子なのですが、しかし、僕はどうしてこうなのでしょう。あの人たちの気勢が上れば上るほど、僕の気持がだんだん冷
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