だか何だかのキリスト教の学校の出身で、まさかそのせいでも無かろうが、周さんの語彙《ごい》を借りて言えば、伊達藩の der Stutzer, また、津田氏の言にしたがえば、田舎《いなか》ダンディ、そんな感じのいやに尊大ぶった男で、はじめは教室でも神妙らしくしていたが、親爺《おやじ》が何でもこの仙台の大金持とやらで、その親爺の七光りが次第にものを言い出して来たというわけでもあろうか、いつのまにやらクラスの顔役みたいなものになってしまって、この新学年のクラス会幹事の改選には、津田氏を蹴《け》って彼が新幹事として登場したのである。私は、東京、大阪から来た生徒が、東北を田舎あつかいにして軽蔑する態度にも賛成できなかったが、しかし、それに対して東北の地元の生徒たちが陰険に何かしめし合せて卑屈な仕返しをしようとする傾向にも承服できないものがあった。殊に私自身が東北人の端《はし》くれであるから、そんな田舎者のひねこびた復讐心を見せつけられた時には、自己嫌悪みたいなものも加えられて、東京、大阪の生徒よりも一層つよく地元の生徒を憎みたい気が起って来るのである。
「殴っちゃいけない。それは、私闘だ。」と津田
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