お酒が少し無いかしら。」
私は苦笑して、下宿の家族の者に、お酒はありませんか、と尋ねた。お酒は今夜、亭主が飲んでしまったが、ビイルならある、という女房の返事だ。
「ビイルでいいですか?」と津田氏に聞くと、津田氏はちょっと悲痛な顔をして、
「ビイルか。木枯しを聞きながら、ビイルは野暮《やぼ》の骨頂だが、まあ、よかろう。かまわぬ。持って来い。」
津田氏はひとりでビイルをぐいぐい飲み、
「わあ、寒い。秋のビイルは、いかん!」と叫び、わなわな震え出し、それから、どもりどもりこんどの事件の重大性に就いて説きはじめたのであるが、なにせ、唇を紫色にして全身ぶるぶる震わせながらの講釈であるから、さすがに少し、ただ事で無いようなものものしい雰囲気《ふんいき》も出て来た。
これは国際問題だ、と彼はれいの如く大袈裟な事を言うのである。周さんは一人に似て一人では無い。いま、清国留学生は日本全国に散在して、その数すでに一万ちかくに及んでいる。すなわち、周さんの背後には、一万名の清国留学生が控えている。周さんひとたび怒らば、この一万の留学生は必ず周さんを応援して立ち上る。しかる時には、仙台医専の不名誉は言う
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