へた》な匿名《とくめい》だなあ、といささか呆《あき》れ、顔をしかめて手紙の内容を読んでみた。内容の文章は、さらにもっと下手くそであった。字も、いやに肩を怒らした野卑な書体で、どうにも、くさいにおいが発するくらいに、きたならしい手紙であった。まず、
 汝《なんじ》悔い改めよ!
 と大書してある。私は、ぞっとした。私はこんな予言めいたキザな言葉は、昔も今も大きらいである。つづいて、珍妙な、所謂「直言」が試みられている。何だか、くどくどした「直言」で、頗《すこぶ》るわかりにくいものであったが、要するに、汝は卑怯《ひきょう》である、汝は藤野先生から解剖学の試験問題を、あらかじめ漏らしてもらっていたのだ、その証拠には、汝の解剖学のノオトには、藤野先生が赤インキで何やら印をつけてある。汝には及第の資格が無いのだ、悔い改めよ! という事なのである。
「なあんだ、これは。」私はその手紙を破ろうとしたら、津田氏はあわてて、
「あ、待て待て。」と言い、素早く手紙を私から奪い取り、「大事件だよ、これは。君とこれから、いろいろ相談してみたいんだ。実に不愉快な事件だ。酒でも飲まずには居られない気持だ。この家に、
前へ 次へ
全198ページ中135ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング