た。東一番丁の夜のにぎわいは格別で、興行物は午後の十一時頃までやっていて、松島座前にはいつも幟《のぼり》が威勢よくはためいて、四谷怪談《よつやかいだん》だの皿屋敷《さらやしき》だの思わず足をとどめさすほど毒々しい胡粉《ごふん》絵具の絵看板が五、六枚かかげられ、弁や、とかいう街の人気男の木戸口でわめく客呼びの声も、私たちにはなつかしい思い出の一つになっているが、この界隈《かいわい》には飲み屋、蕎麦《そば》屋、天ぷら屋、軍鶏《しゃも》料理屋、蒲焼《かばやき》、お汁粉《しるこ》、焼芋、すし、野猪《のじし》、鹿《しか》の肉、牛なべ、牛乳屋、コーヒー屋、東京にあって仙台に無いものは市街鉄道くらいのもので、大きい勧工場sかんこうば》もあれば、パン屋あり、洋菓子屋あり、洋品店、楽器店、書籍雑誌店、ドライクリーニング、和洋酒|缶詰《かんづめ》、外国煙草屋、ブラザア軒という洋食屋もあったし、蓄音機《ちくおんき》を聞かせる店やら写真屋やら玉突屋やら、植木の夜店もひらかれていて、軒並に明るい飾り電燈がついて、夜を知らぬ花の街の趣《おもむき》を呈し、子供などはすぐ迷子《まいご》になりそうな雑沓《ざっとう》で、
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