って、こっそり逃げ出して来たのです。あしたから、学校へ出ます。」
「そうですね。津田さんの言う事なんかを、いちいちはいはいと聞いていたんじゃ、そのうち本当の肺病になってしまいますよ。いっそ、下宿をかえたらどうですか。」
「ええ、それも考えているのですが、そうすると、あの人が淋《さび》しがるでしょう。ちょっとうるさいけれども、しかし、正直なところもあって、僕は、そんなにきらいでないんです。」
私は赤面した。津田氏よりも私のほうが、もっとやきもちやきなのかも知れないと思ったからである。
「寒くありませんか?」と私は、話頭を転じた。「お蕎麦でも、たべましょうか。」
いつのまにか、東京庵の前まで来ていた。
「宮城野のほうがいいかしら。津田さんの説に拠ると、この東京庵の天ぷら蕎麦は、油くさくて食えないそうです。」
「いや、宮城野の天ぷらだって油くさいでしょう。油くさくない天ぷらは、にせものです。」周さんも僕と同様、あまり食通ではないようであった。
私たちは東京庵にはいった。
「その油くさい天ぷら蕎麦をたべてみましょう。」と周さんは、少からずその油くさい天ぷらに興味を感じている様子であった。
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