っぱり涙を流している。それを見たら、なおさら私は泣きたくなって、廊下に飛び出し、思いきりひとりで泣いて、それから涙を拭いて立見席にかえり、周さんの肩をぽんと叩《たた》いた。
「ああ、」と周さんは私の顔を見て笑いながら手の甲で涙を拭き、「あなたは、さっきから?」
「ええ、この幕のはじめから見ていました。あなたは?」
「僕も、そうです。この芝居は、どうも、子供が出て来るので、つい泣いてしまいますね。」
「出ましょうか。」
「ええ。」
周さんは私と一緒に松島座を出た。
「風邪をひいたとか、津田さんから聞きましたけど。」
「もう、あなたにまで宣伝しているのですか。津田さんには、困ります。僕が少し咳《せき》をしたら無理矢理寝かせて、そうして、Lunge だと言うのです。僕があの人をお誘いしないで、ひとりで松島へ行ったので、それで怒っているのです。あの人こそ、Kranke です。Hysterie ですね。」
「そんならいいけど、でも、少しは、からだ工合を悪くしたんでしょう?」
「いいえ。Gar nicht です。寝ていよと言うので、きのうときょう寝ながら本を読んでいたのですが、退屈でたまらなくな
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