する Pathos を持たせるようにしむけてやらなければいかん。周君は、このごろ、元気が無いようやないか? 解剖実習など、いやがっトいやせんか? 支那人は、Leichnam には独自の信仰を持っていて、火葬にはせず、ほとんど土葬らしい。中庸にも、鬼神の徳たる其《そ》れ盛なり矣とあるように、死後の鬼というものを非常に畏《おそ》れ敬っている。或いは、周君のこのごろの銷沈《しょうちん》は、私たちが Leichnam をあまりに無雑作に取扱うので、それで医学にも、少し厭気《いやけ》がさして来たというようなところに原因がありはせぬか? もしそのようだったら、君はこう周君に言ってやるがいい。日本の Kranke は、死後に、医学の発達に役立つ事をたいへんよろこんでいる、殊にもそれが、やがて支那のお国にも役立つのだと知ったら、むしろ光栄に思うだろう、とそう言って勇気をつけてやるんだね。解剖実習くらいで蒼《あお》くなっていたんでは、将来、小さな Operation ひとつ出来やしないんだからね。」と周さんの事ばかり言っている。
「あの、それでは、手紙のほうは、どうしたらいいのでしょうか。」
「それは何も気にする事はない。ただ、こんな事で、周君が学校がいやになったりなどすると困るから、その点は、君からよろしく周君をなぐさめ、鼓舞《こぶ》してやるのですね。手紙の件は黙殺して置いてもいいだろうが、また津田君なんか出しゃばって騒ぎを大きくしてもつまらないから、まあ、私から幹事に、その手紙を書いた者を捜すようにいってやりましょう。誰が書いたのかそんなことは私に報告する必要はないが、その書いた者は、周君の下宿に行き、よくノオトを調べて、自分の非をさとったら素直に周君と和解するように、まあ、そんなところでいいやないか? 幹事は、こんどは、矢島君でしたかね?」
その幹事が、手紙の主だから困るのだ。しかし、その矢島に、先生が犯人捜査を依頼するのもちょっと皮肉で、面白い結果になるかも知れないと思ったので、
「ええ、そうです。それでは、矢島君に、どうぞ。」と云って、くるりと廻れ右したら、背後から、
「周君だけでなく、君たちも皆もっと勉強しなけれあいかんな。各人自発、之を和という。」と、どやされた。
この事件が、周さんの心にどんな衝動を与えたか、それは私にもわからない。その頃の周さんの態度には、何か近
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