」と、まるで、さむらひのやうな口調で言つた。
 三郎も、むつとした様子で、語調を変へて、
「天から貰つた自分の実力で米塩の資を得る事は、必ずしも富をむさぼる悪業では無いと思ひます。俗といつて軽蔑するのは、間違ひです。お坊ちやんの言ふ事です。いい気なものです。人は、むやみに金を欲しがつてもいけないが、けれども、やたらに貧乏を誇るのも、いやみな事です。」
「私は、いつ貧乏を誇りました。私には、祖先からの多少の遺産もあるのです。自分ひとりの生活には、それで充分なのです。これ以上の富は望みません。よけいな、おせつかいは、やめて下さい。」
 またもや、議論になつてしまつた。
「それは、狷介《けんかい》といふものです。」
「狷介、結構です。お坊ちやんでも、かまひません。私は、私の菊と喜怒哀楽を共にして生きて行くだけです。」
「それは、わかりました。」三郎は、苦笑して首肯いた。「ところで、どうでせう。あの納屋の裏のはうに、十坪ばかりの空地がありますが、あれだけでも、私たちに、しばらく拝借ねがへないでせうか。」
「私は物惜しみをする男ではありません。納屋の裏の空地だけでは不足でせう。私の菊畑の半分は、
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